WS「創作編」2日目 ― 2006/02/28 23:00
今日はトークは短めで、まずは「準備運動にならない準備運動」。
最初は体育座りの状態から、膝を左右に倒す運動から。最後は両腕を力瘤のポーズにして左右にめちゃくちゃに傾ける動き。曲は「雨に歌えば」。
続いて昨日の復習で、後半にやった単純な動きなのに覚えにくい振りの復習。ここまでで、19:40。
続いて昨日のペアになってAB二種類のコンタクト系の動き。
Aは…
右手タッチ→両者手を下からぐるっと回して相手の左肩に→aがbの腕の下をくぐって背を向けて去る→bは右手でaの左手をとる→bは軽くジャンプして振り返りざまに右手でラリアート→aはその手の下をくぐり振り向く→aはそのままbを追いかけ肩にのり反対側へ降りる→aは右手でbの右手をとる→両者低い姿勢で反時計回りに一周する→最後相手の左(相手の右肩の左側)にすり抜けつつジャンプして去る。
Bは
やぁやぁといいつた感じで近づいて→aはbの顔の横、bはaの腰に向けて両手を刺す→aはしゃがんでbの腰を持ち時計回りに半回転させて立つ→bは両手を上げて「あれぇ~」となりながら半回転した後aの肩に両手を置く→両者一瞬凝視→うなずいて右左に軽くステップ、つづいて相手の左側を目指してお互いにすり抜けながら右左(これで両者位置が入れ代わる)→同じように右左軽くステップの後、両者客向きに並んで手をつなぐ→最後は昨日やった「すれ違いながら行き交う」動きをして二回目はそのまま飛び跳ねて去る。
それを組合せて全員で行きいながら関わる。
昨日の「小学二年生の対決」の復習。最後に新しい振付が加わる。この作品は生ピアノでやるみたい。
ここまでで、21時ごろ。ここで少し休憩。
ラストは、基礎編でやった振付の復習。
筋肉痛は昨日よりも痛くて、ぐったりして爆睡(以上2006/03/01)
「創作編」参加のための作文 ― 2006/02/28 23:00
その後高校の生徒とダンスを通じて関わるうち、ある日気が付いた。「ダンスは関わりの芸術」であると。関わりながら創作し人に見せ、「関わり方」そのものが作品となる芸術。言葉が巧みでなく言語や概念が違っていても、性別年齢国籍体格学歴などを越えて可能なコミュニケーションの源流がそこにはあった。
ボノボのオスが優劣を決めるディスプレーという仕組みと、ニューヨークの少年ギャングが銃を使わずに勝敗を決める仕組みとして発祥したと言われているブレイキンのバトルの相似性をみてもそう思う。
そしてまた気付いたのは、その原始的な関わりを通じて、人は必要な多くのことを学び成長するということと、様々なハイテクツールによりそのような機会が子どもから奪われているために、現代では未成熟なままで大人になる人が多いということだ。
私がダンスを教育の手段と捕らえてこれまで取り組んできたのにはそのような理由がある。
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